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JUGEMテーマ:こころ



自分のことを書いた後、私はそこに書いた人間になったつもりになった



少し前にとあるアプリケーションを書く機会があったんです。

自分が今行っている活動について書くものだったのですが、

少々真面目に書かなければいけないものだったのでかなり時間をかけて完成させました。



自分のやっている活動にいかに意義を持たせるか、それをいかに納得してもらうかということを意識しながら言葉を選んだり

書き方を工夫していく作業だったのですが、

なんとアプリケーションを書き終わった後、

そのアプリケーションを読んだ私は、一瞬、そのアプリケーションに書かれた人間になったつもりになったのです。



何言ってんだ?って感じだと思います。(笑)



でも、その体験をした後、私は今まで自分が歌手として活動する中で起こったトラブルについて

改めて考え直すことができたのです。





言葉には限界がある



私が初めて芸能事務所に所属したのは中学2年生の時でした。

歌手になりたいと決めてからというもの、オーディションでも

事務所に入ってからも、歌手としてデビューした後も

「どういう歌が歌いたいのか」「どういうものを表現したいのか」「なぜそれをしたいのか」

という質問をたくさんの人からされてきました。

そして、自分というものについて考える時間をたくさんいただいてきました。



"目標は具体的な方がいい"という言葉の通り

それは自分にとって非常に貴重な時間でした。

けれども、自分の夢や希望が心の中で具体的になっても、その時点での実力に見合っているとは限りません。

今はまだないものや、今はまだできていないことを含めて、

自分のやりたいことを一生懸命話して理解してもらおうといていました。



しかし、

1年以内に100万円貯めたい。

とか

試験で80点以上とりたい!

みたいな具体的な数値にできるような目標ならまだしも、

歌でどんなことを表現したいか?みたいなことを100%言葉で表現するなんて無理です。

もしできるなら、私は歌わないで話す仕事をするべきだと思います。



それでも、当時の私は、

”より具体的に言葉にしないとわかってもらえない。

私の歌への気持ちが本気じゃないと思われてしまう。"

と本気で思っていました。




自分のことをわかってもらえたような気になれる言葉を使うようになる



自分の持っている言葉で一生懸命伝えようといろんな人と話していると

反応が得られるワードというのがいくつか出てきます。

私は、そんな反応を見て「自分のやりたいことを理解してもらうのに有効なワード」として

それらを無意識にインプットしていきました。



例えば高校生の時に「昭和歌謡が好きで」と切り出せば

若いのに珍しいねとなったし、

当時「最近の歌詞は日記みたいのダラダラでよく分からない」と言っている大人に

昭和歌謡の歌詞のすばらしいと思うところを話すと

決まって良い反応でした。



何も嘘を言っているわけではないのです。

どれも私が本当に思っていることでした。

でも、それが私のやりたいことの全部でもないのです。





そして、誰かが私の言ったワードのどれかに反応して一見すごく共感してくれたように思えても、

その人が描いているものと自分が描いているものが一緒だとは限らないのです。



それでもとにかく、"考えてない"とか”気持ちが弱いとか思われるのが嫌だった私は

少しでも理解し納得してもらうために、どんどんそういうワードを並べるようになりました。




そうだと思い込むようになる



たくさん考えて話した言葉なので、嘘ではありません。

本当にやりたいことの"周辺の言葉"でした。

でも、ズバリそのものを言葉で表現できていたわけではありません。



けれども、その言葉を繰り返すうちに

「そうだそうだ!その通りだ!私はそういうことを表現したいんだ!」と自分も共感し始めます。

しかも、先に書いたように”嘘でもない”し、”周辺の言葉”でもあるので

その差にとても気づきにくい。

そして、言葉にして繰り返すことによって、

自分を律することもでき決意も強く持つことができました。



言葉は私を強くし、そして縛ってもいたのです。






自分が話した言葉に沿うようになる



こういうことを表現したいと心に思い描き

それを拙い言葉で色々話してみて

なんとなく反応のある言葉をピックアップして使うようになり

ある程度言葉でのプレゼンテーションが形になってくると

今度は、何か行動する前に、

その自分の発した言葉に沿っているかどうかばかりが気になるようになりました。



何か”こんなことしてみたい”と思っても

それはちょっと最初に言っていたこととそれてないか?と思ったり

それは全体感に合わないんじゃないかと思ったり、

なんかいまいちだな〜と思っても

いや、でも最初言っていた感じだとそうなるんじゃないかと思ったり、、、



もうこの辺りで”自分の言葉のプレゼンテーション”には沿っていても

”自分の本当の気持ち”からはぐんぐんそれていきます。笑




自分の気持ちをちゃんとキャッチしておくこと



いや、もちろん、仕事をしていく上で

”自分の気持ち”ばかりが通るわけではありません。

でも、”自分はこう思うけど、でも今回はこうするんだ”と現状把握ができているなら問題ないと思うのです。



この時の私は

”自分を理解してもらえる感じがする言葉を並べて作ったプレゼンテーション”で話している内容

”ズバリ自分が一番やりたいこと”と錯覚しているという点が問題だったのだと思います。



それは似たようなことを言っているかもしれないけど”ズバリ”ではないし

全部が言えているわけではないのです。

”100%すべて言い切ったスバリ”ではないものを聞いて共感してくれた人全員が

自分と同じビジョンを持っている確率はほぼ0%です。



この点も、

そういった”齟齬はあって当然だ”と思っているか

”私のやりたいことを理解してくれているに違いない”と思っているのかでは

それはもう、揉め具合が違いまくりです。



今までの人生の中で、自分のためにたくさんの人が動いてくれました。

本当にすべてに感謝していますし、その度にできる限り誠実でいようと努めました。

それでも、揉めることはたくさんあり、

その度に期待を裏切ったりがっかりさせてしまったこともありました。



それでも、私が私の気持ちに従って表現し続けていたのなら表現者として申し訳も立ちます。

でも、私が従っていたのは、私の言葉のプレゼンテーションによって自分の中に作り上げられたもう一つの私だったのだと思うのです。






言葉はとても大事。でも過信しすぎてはダメ。



例えば反応の得られるワードというのは、マーケティング的にはすごく必要なことなのだと思います。

”肩書きが人を作る”とも言うように、自分にラベルを貼ると知らず知らずにそうなっていくというのは本当だと思いますし

理想を口にしてそれに近づけていくというのも有効な方法です。



私は、言霊というのを信じていますし、

歌の上でも歌詞という言葉のパワーを本当に感じています。



でも、それが全てではないということをもっと知らなければと感じています。



特に言葉以外で表現するもの、したいものを

言葉で表現しようとするときには大きな危険を伴っているのだともっと危機感を持たなければいけないと思うのです。



もちろん、興味を持ってもらうため、気をひくためにも言葉を使うことは有効です。

インターネットがこんなにも生活のベースにある世の中では、

検索にも言葉が使われますので、言葉という記号なしで誰かと繋がるのは非常に困難です。



けれども、やりたいことを言葉にした瞬間に

それはまた自分自身の表現したいビジョンに小さな歪みを持たせる可能性をはらんでいます。

しかも、言葉に出し、そしてそれをまた自分で見たり聞いたりした瞬間に、

表現欲求の一部が昇華している気さえします。



それがいけないことだとは思いません。



でも、何かしら表現する人間として、

言葉が強く尊いものだからこそ、人にだけでなく自分にも大きな影響を与えているのだと

もっともっと知っておく必要があると思うのです。




誰も知らない。誰も本当のことなんてわからない。



言葉は表現のツールとして非常に大きなものですし、

誰かと繋がったり共感したりする上で非常に大切なものです。

でも、そんな言葉をもってしても本当の意味で同じものを思い描くのは困難です。



私が何かを語った時、

私が思い描いているものと、誰かがそれを聞いて思い描いたもの

それが同じものかどうか、もう誰もわかりません。



悲観していっているのではなく

そういう誰も本当のことがわからない交わりの中で

自分が今生きて感じていることは

私という人間が一番伝達率の良い距離で受け取れているのだなと思うと

それはすごく素敵なことだなと改めて感じるのです。



そんな素敵なことだからこそ

ちゃんと感じ受け取って生きていきたいなと思います。








言葉は素敵なツールだけど、

言葉は万能ツールではない。



言葉で語って満足するな。

もっと表現することに貪欲であれ。



自分が語った言葉に

頑なに縛られる必要はない。

言葉の責任を自分自身に押し付けるのはやめよう。

それで心の声に耳を傾けられなくなるのなら。














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